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ハイル禅師語録

ハイル禅師の生涯を綴った名言シリーズ 多いなる涙と感動をあなた方に伝えます読んだ人は魂の歓喜雀躍を覚える事だろう

畜産霊の障り


質問者:ハイル禅師 養鶏や養豚の畜産をしたいのですが 
畜産霊の障りはあるのでしょうか?

私:霊格の低い霊能者や宗教家の中には
「蓄霊は一切祟らない」と断言する人もいるが
 深い学識と全国霊能者巡りをした私の体験では 
大量に殺生される畜産霊の場合 
合体して巨大化し 畜産家に祟りを及ぼすケースがありました

豚・牛・鶏の全ての畜産家で霊障により
 例えば 子供の肩から肘がなく
 いきなり手が生えているとか 尻尾が生えたとか
 あまりにも異型の為に両親が離れ等に隔離していたのである

霊障は親よりも子供に来る頻度が高く
 私の知る限り 生まれてきた時点で
 既に不具だったケースが多い

 畜産動物も 宿命的に食われる覚悟はあるが
 処分されることに悪感情を持つのは確かであり
 一匹の霊力は弱くとも 数千・数万の霊が合体すれば
霊力は絶大となる

しかし一般消費者は 畜産家の御蔭で肉を食べられるわけで
無益な殺生では無い為 神仏の罰はないが 
畜産家も心の在り方が大切であり 家畜=金ではなく
 家畜も命を持つ動物なので 感謝の気持ちを絶やさず
 六ヶ月~一年に一回でも「慰霊祭」を神職に頼んで行えば
 霊障が露骨に家族に出ることは抑えられます

  1. 2014/03/29(土) 04:57:43|
  2. 教え
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生まれた目的


質問者:ハイル禅師 人が生まれてきた大事な目的とは何でしょうか?

私:人間が霊界から地上に生誕してくる大事な目的とは
「「魂修行」」であり 御魂の練磨なのである

魂を磨くとは 上乗へ到る為に 自分の霊格を上へと向上させることであり
 上がった分だけ 世の中に大きく徳分を残すことができる

上乗には 二種類あり 自らの霊格を上げて 霊的覚醒度合いを増やし
 いかに求道し どれだけ悟って 正しい真理を体得したかが一つ目 

二つ目は慈善として世の中でどれだけ衆生を啓蒙して救済し 
社会に貢献したかの徳分の蓄積にある

前者は 胎蔵界的修行で「陰」であり 後者は 金剛界的修行の「陽」であるが
 両者が揃うことが肝要である

さらに言えば 求道は「内修」であり 慈善は「外慈」である
 もっと詳しく言えば 求道は覚醒と向上 
慈善は徳分と功候 の四種類に分類できる

肉体を持って生まれた理由は このように御魂の練磨にあるわけで
 幸不幸とか運不運は一切関係がなく
 目的はこういった要素を超越しており
 御魂の修行になる環境であれば
 人生に於ける全ての苦楽は舞台であり 肥やしにしか過ぎないのである

  1. 2014/03/29(土) 04:54:21|
  2. 教え
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般若心経の意味


質問者:ハイル禅師 般若心経の意味を教えてください

私:般若心経とは胎蔵法典から抽出した三法印を要約したお経の事で
 お釈迦様の教えである諸行無常・諸法無我・涅槃寂静を
繰り返し述べた内容である

般若心経とは 現世で見たり聞いたりしたものは何も無い 
家族や財産は全て無である だから執着を捨てて 
此の岸から 彼の岸へ渡りなさい 軽やかな心になりなさい
 と言う死者の霊に諭すお経の意味である

般若心経は 生前にその意味を学んでいないと死者になっても分からず
 僧侶が唱えると気持ちが良い と感じるだけである

仏教では「空手」くうしゅと言い 
生まれた時も死んだ時も何も持たないが 
無形の徳分や才能などは 来世に受け継がれる

般若心経を一般人が墓地で唱えるのはタブーであり 
家で写経する際も注意が必要である 
まして ペットの墓に写経を入れると逆に成仏できない

家で般若心経を一年間書き続けた女優が
肩と首が動かなくなるほど不成仏霊に憑かれた話が有るが
 此れは自分の御先祖様の霊層が低い方が多いからである

お経とは 読経や写経に意義があるのではなく
 内容を理解して 内面性を覚醒させて悟りを開くのが本義なのである

  1. 2014/03/29(土) 04:34:29|
  2. 教え
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本質的な努力


質問者:ハイル禅師 本質的な努力の意味とは運勢を改善することでしょうか?

私:一口に努力といっても 色々努力の種類やレベルがあるが
 高度な解釈から見た努力とは 先天運である
「天の命数」を変更することにあります

まず努力の種類とレベルの話だが 例えば 努力が大好きであり 
そういう星のもとに生まれた人は努力が苦ではない 
こういう人の場合 何でもかんでも自分でするのではなく 
なるべく自分は努力しないで 人にさせる努力が必要なのである

これが高度な解釈であり
 修行とは自分に足りない部分を鍛えることにあり
 企業経営者の場合 自分が曼荼羅の中心の大日如来となり
 周りに働かせたほうが効率的である

無論 自ら率先して動いてきて 最高の地位に上り詰めた人
の話であり 当初は誰よりも体を動かさなければならない

また本質的な意味での努力とは
 生まれながらの性分を変えることにあり 
易占で観ても 全く当たらないように プラスに運勢を変えるのである

命運を改める努力とは 自分に憑依しているマイナス霊を
徳積みによって外したり 寿命を延ばす「造命」ぞうみょう にあり
 根本的に命運を改善出来た人は 私を含めて極めて少ないと言える

  1. 2014/03/29(土) 04:29:39|
  2. 教え
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